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★MotoGPライダー評価2015「3位マルケス/4位ペドロサ」

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moto mattersのエメットさんによる今年のライダー評価の記事の第二弾、マルク・マルケス選手とダニ・ペドロサ選手に関しての記事です。マルケス選手はレース運び、それ意外にも多くを学んだシーズンとなり、ペドロサ選手は腕上がりの治療によって本来の実力を後半になって発揮し始めたシーズンでした。特にペドロサ選手はその忍耐強さ、自分を信じる気持ちの強さ、そしていかなる状況にあってもトップライダーとしての尊厳を失わない芯の強さを見せてくれました。管理人は基本的に鈴菌でロレンゾ選手のマインドセットを尊敬しているのですが、来年はペドロサ選手の事も激しく応援したいと思います。

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パート1では2015年チャンピオンシップを戦った2人を振り返った。モヴィスターヤマハのチームメイト同士であるホルヘ・ロレンゾ、ヴァレンティーノ・ロッシである。パート2ではチャンピオンシップ3位、4位の選手を振り返りたい。チャンピオンシップがスリルと緊張に満ちたものであったとしたら、リーダー達の後ろのライダーに起こった出来事はより興味深いと言えるだろう

リマインダー:我々は各選手がその能力に対して同程度かそれを超えていたかで10点満点をつけている。例年のようにチャンピオンシップの順位に従って評価している。

マルク・マルケス/レプソルホンダ

3位:242ポイント/スコア8

2009年以来マルケスにとっては最悪のシーズンだったと言える。2010年から125cc、Moto2、MotoGPというキャリアの中で、マルケスは常にチャンピオンか2位という成績でシーズンを終えていた。2009年にランキング8位で終えているので、今年がランキング1位2位以外で終えた初めてのシーズンではない。しかしその時以来彼のチャンピオンシップ獲得ポイントとしては最悪であった。今年はレプソルホンダのライダーにとって災難の年だったと言えるだろう。

 

しかし、マルケスがグランプリのキャリアの中で多くを学んだ年であったことは間違いない。今年彼は自分のアプローチを変え、レースがどうこうというより、どのようにチャンピオンシップで勝つかについて深く理解した。2015年にマルケスは6回転倒し、実に全レースの3分の1で転倒したのだ。このうち4回は彼自身の責任によるもの。初回の転倒のアルゼンチンは彼の責任であるが、ヴァレンティーノ・ロッシに抜かれた後の彼自身のラインの読み間違いによるもの。最後の転倒となったセパンもヴァレンティーノ・ロッシが転倒の原因となっているが、この転倒についてはマルケスに非はない。

 

これらの転倒はマルケスに3位と4位の価値の大切さを教えたと彼自身がシーズン最後に語っている。MotoGPのキャリアの最初の中で、彼は勝利に飢えていた。彼の驚くべき身体能力の高さはカミソリの鋭さを持った災難としてやってきて、開幕10戦で9勝を遂げた。(※原文でnine times out of tenとなっているのですが、マルケス選手は2014年は開幕10連勝のはずです。)

 

2015年型のホンダRC213Vは彼の方向性に従って開発がされ、こうした事を不可能にした。恐ろしくアグレッシブなエンジンと貧弱なエレクトロニクスによって、グリップを得るまでリヤタイヤがコーナーの外に押し出されるという事になり、タイヤがグリップしだすとウイリーを開始するという具合であった。コーナー進入でエンジンブレーキは予測不可能であったため、ホンダのライダー達は今までよりもフロントブレーキに頼る走り方になった。フロントタイヤはオーバーヒートし、負荷が過剰にかかり、そして転倒が発生した。

 

問題は開幕戦のカタールで出ていた。マルケスは彼のバイクが期待したとおりに止まらなかった事で1コーナーでミスを犯した。トラックに戻って来た時、乱暴にアルヴァロ・バウティスタの横を抜き、そこから5位に上がるまで戦いを続けた。得意のオースティンでは勝利しポイントリーダーのヴァレンティーノ・ロッシから5ポイントとなり競争に加わる。しかしアルゼンチンでの転倒で30ポイントを失い、後はひたすらに下り坂となった。ヘレスでは2位となり若干ポイントを回復。しかしル・マンでRC213Vは再び問題に直面する。ダニ・ペドロサ、スコット・レディング、カル・クラッチローの全てが転倒。そしてマルケスも終始マシンと獲得し、かろうじて数日前に肩を酷く痛めていたイアンノーネを退けた。

 

マルケスはチャンピオンシップが彼の手からこぼれ落ちて行くのを見て、ムジェロとバルセロナで勝利を目指した。しかしその両方で転倒。これによってマルケスへのプレッシャーはさらに大きくなる。勝とうとするほど彼は転倒を繰り返した。彼が転倒する度にタイトルの可能性は失われていった。この時点で彼はシーズンは18戦続くのだと理解したのだ。マルケスにとっての転機はバルセロナで、その時から彼は2014年に使用していたシャーシを使用し始めた。2015年型のフレームと最大の違いは剛性で、特にステアリング周りの剛性が異なる。ヘレスでスイングアームと共に紹介されたフレーム、そしていくつかのソフトウェアのアップデートはRC213Vの欠点をさらに際立たせ、マルケスだけが扱いやすい特性になっていった。

 

マルケスにとってシーズンの終わりはヴァレンティーノ・ロッシとの間の転倒劇によって暗鬱としたものになった。ことの始まりは彼の素晴らしいフィリップ・アイランドでの勝利だった。このレースで彼はオーバーヒートを起こしたタイヤを冷やさざるを得なかった。そしてその後歴史に残る最終ラップでアンドレア・イアンノーネとホルヘ・ロレンゾを抜いた。

 

マルケスのタイヤマネジメントの妙技はロッシが彼を批判する原因となった。しかしこうした自体におけるタイヤのオーバーヒートに関するマネジメントは珍しくは無い。ブラッドリー・スミスが今年のはじめに語っていたように、タイヤを長時間ハードに酷使しない限りタイヤは回復する。しかしロッシが見たのは陰謀だった。セパンでマルケスを攻撃し、そのことでマルケスのエゴが彼自身をロッシとの直接的な衝突へと導いていった。

 

この時点でマルケスには何も隠し事はなかった。マルケスにとって最も負かしたい相手であり、最も助けたくない相手のリストのトップにはロレンゾがトップに来るだろうが、彼にとってはロレンゾを負かす以外の行動は、スペイン人のチームメイトと共謀していると捉えられた。マルケスはセパンでロレンゾを抜かせてやったか?ニュートラルな立場から見るとあの週のロレンゾは止めようが無い勢いだったと言える。あの時点ではダニ・ペドロサのみが彼よりも優れており、マルケスにはそのようなチャンスは無かった。

 

なぜマルケスはあそこまでロッシと絡みあったのだろうか?この質問は別の言い方も出来る。ロッシはマルケスを彼がロッシを抜いた回数だけ抜き返した。レースディレクションはマルケスは分別のあるレースをしたというより、ロッシのレースをハードにしたと感じた。マルケスは彼らが攻めるような事は何一つしていないが、彼らはマルケスのトラックでの行動に対してはハッピーではなかった。だが最終的に冷静さを失ったのはロッシだった。そしてそれはマルケスの転倒の原因となった。

 

ヴァレンシアでのレースはマルケスにとって非常に悪い方向に働いた。ロッシはチャンピオンシップで優勝するにはマルケスの助けが必要であった。というのもロッシがチャンピオンシップで優勝するには、2人のレプソルホンダのライダーがロレンゾの前でゴールすることが必要だったからだ。

 

マルケスのゲームプランは明確だった。彼のホンダはトラックのほとんどでヤマハに敵わない。そのため彼は我慢のゲームをすることにした。そう彼がインディアナポリスで行ったようにだ。これもマルケスにとっては新しく学んだ戦略だった。あまりにも速い段階で抜いてしまうと、後半になってカウンターアタックを食らうという事を彼は学んでいた。最終コーナーはとりわけホンダにとって問題となる部分だった。ロレンゾはメインストレートでマルケスを毎周置き去りにしていた。ターン6がマルケスにとって唯一のチャンスとなる部分だったが、これは最終ラップまで待たねばならないことを意味する。しかしマルケスにとって不運な事にチームメイトがそこに現れた。2人は絡み合い、ロレンゾはギャップを開き、マルケスにとってロレンゾを安全にクリーンに抜く事はほぼ不可能になってしまった。

 

マルケスは本当にロレンゾを助けたのか?これはマルケスにしかわからない。彼のレースへのアプローチに関する説明はもっともらしく思われる。しかし彼にとっての問題は、この説明は彼に対する告発に対して、あまりにももっともらしいということだ。レースデータとマルケスのレースでの行動は一つの結論へと向かっているものではない。ニール・ホジソンによってこの状況は非常にわかりやすく要約されている。「マルケスがレース全体で限界であった事は見てとれます。しかし彼はロレンゾを何度がターン6で抜くことが出来ました。」ホジソンはマルケスがロレンゾを勝たせたと信じている。しかし同様に逆のパターンもそれ以前のレースで発生している。彼らはファンのように自分が信じたい側の事を信じるものだ。レース後にマルケスへの罵りや非難がなされたが、これを主導したのは非常に苦しいシーズンで最もタフなエンディングを迎えたヴァレンティーノ・ロッシだ。

 

もしチャンピオンが白熱した戦いの中で鍛えられるとしたら、2015年シーズンはマルケスを鍛えることになったかもしれないし、マルケスがバラバラになってしまうのを見ることになったかもしれない。いずれにせよ、人間において彼がこの1年で非常に成長した事は間違いない。どのようにこの状況をコントロールするか、どのように彼のパーソナリティーに織り込むか、全ては2016年に明らかになる。


ダニ・ペドロサ/レプソルホンダ

4位:206ポイント/スコア8

ローラーコースターのようなキャリアとは何かの定義を知りたければ、ダニ・ペドロサがまさにその例だ。ジュニアクラスで3度のワールド・チャンピオンシップを獲得し、最高峰クラスでも最も成功したライダーの1人である。彼はチャンピオンシップで優勝したことはないが2012年にもう少しで最終的なチャンピオンになったロレンゾに勝つところだった。しかし怪我が彼につきまとった。彼は体中のほとんどの骨を骨折し、鎖骨を何度も骨折しており、無傷であるところはほとんど残っていない。

 

鎖骨の怪我は彼のMotoGPのキャリアを一度失わせるところだった。茂木の2010年の転倒の後に彼は鎖骨にプレート入れたがこれが(*1 )胸郭出口症候群の原因となり、彼の左手にしびれと虚弱さを与え、これによって彼は最後までレースを完走することが困難になった。彼は2011年に同様の症状に苦しまされ、鎖骨のプレートを除去して初めてこの問題は解決された。彼は2012年にこの状況に復讐、7戦で勝利しもう少しでロレンゾを負かすところだった。
(*1 )上肢のしびれや肩や腕、肩甲骨周囲の痛みが生じる。前腕尺側と手の小指側に沿ってうずくような、刺すような痛みとしびれ感の症状が発生する。

 

この経験は2015年の彼にとって有益となった。ペドロサは2013年には腕上がりの症状にずっと苦しみ、この問題を解決するために2014年に手術を受けた。しかしこれは成功しなかった。おそらくRC213Vの性格がライディングを非常に難しくしていたのだろう。そしてペドロサは冬の間に非侵略型の治療を受ける。彼はこの治療で症状が治ると自信を持っていた。しかしカタールでそれが間違いであったと証明される。ペドロサは初戦を激しい痛みの中で終え、真に競争力がある状態になれなかった。彼の人生で2度目となるMotoGPキャリアの危機に彼は直面した。

 

おそらく以前の経験は彼に有益だったのだろう。ペドロサは実に勇敢な決断をして、スペインに飛んで戻りすぐさま治療を受けることにした。レースをするというアイディアを調子が戻るまで捨てたのだ。彼の勇気、恐らく我々はこう言ったほうが良い、彼の賢明さは彼が復活するまで続いた。ペドロサはすぐに復帰するという誘惑を断ち切り、ヘレスでのホームレースを諦め、さらに2週間の休養を取ることにした。

 

彼の復帰戦は勇気付けられるようなものからは程遠かった。フロントからの転倒により彼はマシンを起こしての16位フィニッシュとなった。その後の彼の調子はまずまずで、ムジェロでは4位、そしてホームレースとなるバルセロナで優勝を遂げた。その後ザクセンリンクで表彰台を獲得するまでは沈んだ時期があったが、彼の体調は回復していた。そして彼はシーズンがクライマックスにいくに従って強みを増していった。

 

これらのカギは自信だ。彼の右腕はレースごとにどんどんと調子を増していった。手術の成果は劇的だった。通常腕上がりを治すには外科医は筋肉を包んでいる筋鞘を開け、筋肉が拡張出来るようなスペースを作る。ペドロサはこの筋鞘、筋膜をともに除去、レースの連続により腫れ上がった筋肉の腫れが引くのには長い時間を要した。自身の回復、コンディションがわかると、彼はよりレースに集中出来るようになり、前腕についてあまり心配しなくなった。アラゴンにやってきた時、彼の自信は回復し始めていたのだ。

 

ペドロサがヴァレンティーノ・ロッシとのドッグファイトで主導権を握っていたのは、驚きでもあり素晴らしいことでもあった。前年まではペドロサはそこまで抵抗を見せることは無かった。しかしアラゴンでペドロサは自分の持てるだけの力を発揮した。それは2位をかけたものだったが、来たるべきものの予兆でもあった。

 

茂木での勝利は目覚ましいものだった。そしてフィリップアイランドでの後退の後、彼は茂木のパフォーマンスを繰り返し、自分がどれだけ優れたライダーであるかを示したが、それは純粋に度肝を抜くような内容だった。彼の後ろで行われていた”タイタンの戦い”によって彼の勝利まるで無かったかのように曇らされてしまったのは実に残念だ。

 

ダニ・ペドロサは彼のレプソルホンダでの10年間でチャンピオンシップで勝利をしていないことから、ファンによって不当に見下されている。他のライダー達に話を聞くと、ほとんどの人間がペドロサというライダーに驚嘆している。新顔のマーヴェリック・ビニャーレスは「ペドロサこそが最も注目すべきライダーだ。」と語っているし、「ペドロサから最も多くの事を学べる。」としている。カル・クラッチローは「あそこまで身体的に多くを要求するバイクに乗っていなければ、数回チャンピオンシップを獲得出来ているだろう。」としている。

 

我々がレースにおける新しい黄金時代である現在を振り返るとき、ペドロサは一番見過ごされがちなライダーだが、それは不公平で不条理だ。ペドロサは彼のキャリアを通じて、賢明さ、彼の才能、剛勇さ、そして精神力を見せている。ダニ・ペドロサはモーターサイクルレーシングの世界の中でも最も素晴らしい選手だ。そして2015年はこの特別なレーサーの素晴らしさを示す、また別の例となったのだ。

by David Emmett

https://motomatters.com/analysis/2015/12/22/rating_the_riders_2015_part_2_marc_marqu.html

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