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★浦本選手の日本GPワイルドカード参戦は、日本でのみ実現可能なのか?

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今年の日本グランプリにMoto2クラスでワイルドカード出場した浦本選手に関する背景を詳細に解説した、pecinogp.comの記事をご紹介します。本来はライバル同士であるチームやメーカー同士が協力するという美談は、確かに日本でのみ起きる事かもしれません。 f:id:teletele916:20170108073554p:plain

バイクレースだけでなく、他のいかなるスポーツにおいても「より高いレベルでのチャンピオンシップで戦えるよう、敗者が勝者に資金を援助する」というような話を聞いた事があるだろうか?これが全日本選手権J-GP2チャンピオンである浦本修充に起きた話だ。


90年台の最後、そして2000年台の初頭、日本人ライダーは世界選手権の大半を占めていた。原田、青木兄弟、坂田、加藤などが125cc、250ccクラスを支配していた。次々と新しいライダーが全日本選手権からやってきていた。しかし、日本の2輪マーケットの崩壊、新しいエンターテインメントの到来(ほとんどビデオゲームであるが)により、若者のバイク離れが加速、国内のライダー不足へと繋がっていった。将棋倒し効果として、バイクへの関心低下はファクトリーがレースへの投資を減らすこととなり、チームやライダー達の競争力は低下、日本人ライダー達は世界選手権へ旅立つための最低限のレベルに到達することが出来なくなった。


「この状況を変えなければいけない!」とスズキの世界チャンピオンライダーである加賀山 就臣は叫んだ。彼は42歳にして現役ライダーとして活躍しながら、自らのチームを所有している。2016年にチームは浦本を獲得、彼は22歳とそれほど若くないライダーであるが、その素晴らしい仕事に関してもあまり知られていない。「浦本にはポテンシャルを感じたんです。彼が使っていたバイク以上のポテンシャルを感じたんです。」という加賀山の言葉は正しかった。浦本は予想外にもGP2カテゴリーでチャンピオンを獲得。これはあらゆるブランドが参加出来る事を除けば、Moto2に良く似たクラスだ。このタイトルは彼に昨年の日本グランプリにワイルドカードライダーとしての参戦権を与えた。


この招待は予想外のものだったため、加賀山は全日本選手権J-GP2への参加チームに、「選手権のチャンピオン、もしくはその時点でのポイントリーダーが世界選手権にワイルドカード出場出来る」というルールに納得してもらう必要があった。そしてグリッド全体から世界選手権参戦のための資金援助を受けたのだ。こうしたことがあって、浦本は数々のスポンサー達の名前を纏ったカウルで日本GPを戦った。世界選手権を戦うバイクのカウルに、ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキ、そしてライバルブランドであるショウエイ、アライなどの名前が描かれた事はバイクレースの歴史においても前代未聞の出来事だ。


加賀山の提起した内容は魅力的でシンプルなものだった。「チームのオーナー達に、選手権レベルを上げるためにも、自分達のライダー達に最高峰の選手権での戦い方を見せてやる必要があると伝えました。ライダー達により高いレベルのレースの存在に気づかせるんです。全日本選手権で勝利してしまうと、彼らは自分の限界に到達したと思って自己満足してしまうんです。このアイディアはライダー達のモチベーションを呼び起こすもので、彼らの中に世界のトップの場で戦いたいという思いを喚起させるためのものでした。すべてのチームと話し、皆が明確にこの目標を理解して、世界で戦ってくれと言ってくれました。」


この計画は全く想定どおりに働いた。浦本はもてぎを走り、最後から2番めという結果だった。(※浦本選手はMoto2クラスの日本戦において決勝21位となった)しかし、直接GPウィークエンドを体験した事で浦本の競争力が呼び起こされた。たった1戦が、彼のメンタリティと彼のゴールを変えた。そして加賀山の次の動きは、彼の弟子を親しんだ環境ではない日本国外でレースをさせるというものだった。そして11月の時点で、この目標を達成出来るのはスペインだった。


加賀山と浦本はCEVへの参戦を予定していた。これはスペインで行われているヨーロッパ選手権だ。バレンシアの最終戦のMoto2クラスに参戦するというアプローチだったがこれは叶わず、解決策として彼らはスズキのフランスチームからSBKカテゴリーで参戦する事となった。バレンシアGPの週末をパドックで過ごしながら浦本は「ヨーロッパでの世界選手権の素晴らしさがわかりました。チームは自分達のホスピタリティを持ち、ライダー達は自分のモーターホームがあるんです。」と実感。浦本はCEVのSBKカテゴリーに慣れないバイクで参戦し、あと少しで表彰台を獲得するところだった。(※GSX-R1000で参戦し、3位と0.033秒差の4位!)これは驚くべき結果で、興味深い冒険は終わるどころか、まだまだ始まりに過ぎない。


加賀山 就臣によって始まったこのプロジェクトは実に日本らしいものだ。加えてこのようなやり方は日本でのみ機能すると私は考える。その理由を説明しよう。加賀山に確認したわけだが、J-GP2に参戦する11のチームからの資金援助は、”すべて支払われた”ということだ。


「出来る限りの内容で良いんです。原則としては経済的な支援となりますが、こじんまりとしたチームなどは経済的な支援は出来ません。シャーシを提供してくれたチーム、サーキットでのサポートを提供してくれたチームなど、皆が自分達の出来る限りの支援をしてくれました。彼らに無理強いは出来ません。全ては自発的な支援なんです。」


チームと合意が出来た後、加賀山は一般財団法人日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)に赴き、同様の支援の約束を取り付けた。彼はチーム、MFJから、もてぎでワイルドカード参戦するための資金を得ることが出来たのだ。この活動は次のシーズンにも引き継がれるだろう。


さて、どう思われただろうか?こうしたやり方は日本のような国でのみ可能なのか、そうではないのだろうか?

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