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★なぜMotoGPでは逆回転クランクシャフトが採用されているのか?

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ホンダのRC213Vがエンジンキラクターを変えるために、今シーズンから逆回転クランクシャフトを採用した事で色々な記事が出まわっていましたが、多くは否定的な内容であまり掘り下げたものは無かったように思います。今回ご紹介する元マン島TTの優勝者でもあるマット・オクスレイ氏の逆回転クランクシャフトとRC213Vの変化に関する考察は、非常に興味深い内容になっています。

★なぜMotoGPでは逆回転クランクシャフトが採用されているのか?

日差し、雨、新鮮な空気、ジャイロ効果は私が好きな自然現象であるが、これはこれなしにバイクに乗ることは出来ないからであろう。もし私を疑うのなら、次に信号で止まった時に足を出さないでいると良いだろう。(※ただし私に修理代を送りつけないで欲しい)バイクの回転するホイールはジャイロ効果を生み、これがバイクをまっすぐに動かし続ける。スピードが上がれば上がるほどジャイロ効果は高まり、安定性が高まる。これは非常に素晴らしい事だが、レースをしている場合は別だ。殆どのライダーはストレートでの安定性というものはあまり気にしていない。彼らはバイクが左右に素早く向きを変える事が出来ればそれで満足で、直線ではゴリラのようにバイクにしがみついているだけだ。であるからして、最高峰クラスのグランプリに参戦するメーカーのエンジンが歴史上恐らく初めて逆回転になっているのだ。そしてこれがマルク・マルケスのCOTAとアルゼンチンでの勝利が、昨年のドライセッションでのどのレースよりも大差を付けた勝利となった事の理由であろう。

ほとんどのバイクのようにエンジン(※のクランクシャフト)が前方に向かって回転する場合、クランクシャフトの回転方向はホイールと同じ方向への回転となる。これはジャイロ効果が増加することを意味し、コーナーへのターンインや方向転換がより難しくなることを意味する。ジャイロ効果を減らすために効果的な手段としては、エンジンの回転方向を逆にすることが上げられる。つまり逆回転クランクシャフトは高速で回転するホイールによって作られるジャイロ効果を減らす事に繋がる。バイクにおけるダイナミクスに関しての効果は非常に大きい。これによってバイクはクイックに曲がるようになり、向き変えも素早くなる。殆どのレーストラックがタイトでツイスティな昨今、これは熟考に値する。逆回転クランクを採用しているエンジンはウイリー量も少ない。これはクランクのトルクの動きが、加速中にバイクのフロントホイールを押し下げる働きをするためだ。(※これは過去にクランクシャフトの慣性の動きが非常に大きかった2ストロークの時代よりは重要性は低くなっている。)


しかしながらレースにおいてタダであることは何一つない。もしエンジンを逆回転に回す場合は、余計に駆動軸が必要になってくる。この駆動軸によってある程度の馬力は食われる事になりエンジンの重量は増し面積も増大する。理論上は逆回転クランクシャフトはコーナーにおけるアンダーステアが増え、これによってバイクはコーナーの出口でワイドにはらんでしまうことになる。そしてこれはライダーがコーナーの出口でいつまでもアクセルを開けられないという事を意味する。今年のホンダのRC213Vのエンジンはこの逆回転クランクを採用しているので、これらの全てのコストはやるだけの価値があることなのだろう。これは彼らが500ccでレースをしていた時代以来のことだ。


ホンダが逆回転クランクのエンジンを採用した最後の年は1987年。初代のNSR500だ。これは元々1984年に作られたバイクである。最初のV4、2ストロークエンジンの前方に回転する形式のクランクシャフトによるトルクリアクションは強烈で、加速中のウイリーを発生させた。これによってライダーはいかにウイリーを抑えるかに神経を使い、次のコーナーを考えるどころではなかった。NSRが逆回転クランクシャフトを採用したのは1987年で、その時点から残り13回の500ccタイトルのうち8つを獲得した。


直近の疑問としてはこのホンダの逆回転クランクエンジンが、マルケスのアルゼンチンとテキサスの圧倒的な勝利にどの程度貢献したのか?ということだ。後続に7秒、8秒差という差は特筆に値する。このエンジンが助けになっていることは言えるだろうが、マルケスの驚嘆すべき才能、そして新しい技術に適応するカメレオンの如き才能が勝利の要因であることは間違いない。直近の2戦において、23歳のマルケスはRCVの上でダンスをしていた。ミシュランのフロントタイヤのロックとリリースを繰り返し、タッキングとリリースを繰り返していたが、こんな芸当は超人にしか出来ない。しかもマルケスはこうした勝利を、エンジンに余計な駆動軸を抱え、少なくとも7から8馬力は犠牲にした状態で成し遂げているのだ。これがこのバイクがM1のようにストレートで速度が出ない原因の1つであろう。

COTAはめまいがするような、そして蛇のようにうねったコーナーが続く事で有名だ。スタートからコーナーを見てみると、(左/右/左/右/左/右/左/右/左)となり、ターン1からターン9までは、僅か30秒で通過するのだ。RCVの逆回転クランクは、マルケスに今までに無いほどバイクをパタンパタンと高速で切り返すことを可能にさせた。しかし、バイクレーシングにおいて面白い事は、レーストラックでの現実は科学的な理論と沿わないということにある。エンジニアは数字だけで考えがちであるが、ライダーはピットに戻ってきて現実はコンピューターが見ているようにはいかないということを伝える。そのため、RCVの逆回転クランクシャフトはマルケスを助けはしたが、HRCのエンジニア思っていたほどには彼を助けていない。

マルク・マルケス

「昨年はもっと素早く旋回出来ました。ただ今ではワイドなラインで曲がらないといけません。ですからライディングスタイルを少し変えたんです。ヤマハのようなスタイルで乗らないとダメですね。コーナーにワイドの進入して、タイトなコーナーでの出口にはしっかりと備えている必要があります。ラインとしてはワイドなラインを使って戻ってくるというイメージです。これであればレスは少なく、バイクの向き変えも少し向上します。昨年は向き変えが速かったんですけど、今は少し遅くなっています。しかしコーナリングスピードは高く維持出来ています。妙なんですよね。でもこれがこのエンジンのキャラクターなんです。」


そう。確かに妙なのだ。逆回転クランクによって彼の向き変えは遅くなっているが、彼は速くなっているのだ。止まってポイントで向きを変えて加速していくという形ではなく、より弓なりのラインを使っており、これが高いコーナリングスピードを実現させるのだ。これはラップタイムを出すための別の走り方でもある。昨年のホンダは、エンジン、シャーシと問題まみれだった。エンジンは加速の際に回転が速く上がり過ぎ、減速ではリアがロックしていた。これは恐らく軽すぎるクランクシャフトによるものだろう。これはピークパワーを狙ったための代償だ。逆回転クランクシャフトはクランクシャフトの重量がダイナミクスに与える影響が少ないため、この部分でも助けになっていると言える。HRCは、よりユーザーフレンドリーなスロットルレスポンスを実現するために重いクランクシャフトを使用する事が可能だが、これは彼らがNSR500やRC45でも採用した手法だ。


HRCMotoGPにおいて逆回転クランクシャフトを採用した最後のメーカーだった。というのも彼らは常に速いという事に意識を向けており、他をコピーすることを嫌うのだ。しかし今や長年の信念や慣習よりも勝利が重要だ。スズキとヤマハは長年彼らのエンジンに逆回転クランクシャフトを採用してきた。しかし他のメーカーは最近この形式を使い出したに過ぎない。Ducatiは昨年初めてジジ・ダッリーニャが作成したGP15でエンジンに逆回転クランクシャフトを採用した。Ducatiを悩ませたアンダーステアはこれで解消された。Ducatiのレーサーであり、テストライダーであるミケール・ピッロはGP14とGP15の違いを「運動性が向上し、向きを変える際の動きも良くなりました。」と語る。マルケスのRCVが遅くなり速くなったというコメントと同様に、エンジニアにとってアンダーステアというのは目の前のハエのように鬱陶しい問題であった。

ミケール・ピッロ

「コーナーへの進入がずっと良くなりました。バイクがフロントを押し出さないようになり、前よりアンダーステアが減りました。クランクのトルクの動きがウイリーを減少させています。毎年馬力が増える中、今年はウイリーコントロールのソフトウェアの介入が少ないわけですから、これは重要です。」


アプリリアも今年から逆回転クランクシャフトを採用している。昨年アプリリアのチーフであるロマーノ・アルベシアーノはRSV4のエンジンに置き換わるアプリリアの初めてとなるプロトタイプのMotoGPエンジンの設計を始めた。彼らはCRTの頃からこのRSV4エンジンを使用しており、彼は最初はRSV4のような通常の回転方向へのクランクシャフトを持つエンジンを設計していたが、途中まで作業が進んだところで、逆回転クランクシャフトのデザインに切り替えた。これは簡単なことではない。単純にクランクを変えて済む話ではない。逆回転クランクシャフトはエンジンおけるオイル供給の経路が異なるため、エンジン、クランクケース、オイルポンプ自体のデザインの見直しが必要なのだ。これが新しいアプリリアのバイクの登場が大幅に遅れた原因だ。


これで、ホンダとアプリリアのエンジンは逆回転クランクシャフトを採用するようになった。これでMotoGPのグリッドに並ぶバイクは全て逆回転クランクシャフトを採用することになる。これでライダーのコメントがエンジニア達の”宿題”と一致するかしないかは関係なくなった。全てのファクトリーが同じ事をしているのであればそれには何かしらの真実があるだろうからだ。しかしパドック上にはエンジンのクランクシャフトの回転方向はどちらであろうと大差は無いと考えるエンジニアもいる。彼らによればどちらも良い点と悪い点があり、互いにそれを打ち消し合っているというのだ。それにこうした変化は企業が主導している事であるという意見もある。というのも企業は新しいものを作りたいもので、エンジニアはこうした新しい技術に惹かれる面があり、それが彼らの仕事を維持する事でもあるからだ。Windowsギーク達がWindows10.2は完璧だとしてWindows11は必要ないと考えたとしたら、彼らはスターバックスで仕事をすることになってしまう。しかし、私は全てのファクトリーが共通の技術の採用に合意したとしたら、そこには何かがあると思うのだ。

By Mat Oxley

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